のです。」
「然しそれは、お前の本当の心から出たことではないだろう?」と彼は云った。
「いいえ、いいえ、私からお母様にお願いしたのですわ。」
 彼女の顔は晴々としていた。夢みるような眼で、彼の眼をまともにじっと見返した。彼は視線を外らして、額を掌で支えた。
 子供のないことが、血を継ぐべきもののないことが、一家の母としての女性にとっては、また一家の妻としての女性にとっては――幾代と兼子とにとっては――如何なるものであるか、それを考えると、彼は泣いていいか笑っていいか分らない気持ちになった。然し兼子に子供が出来ないということは、まだ確定した事実ではなかった。ただ四年間の結婚生活によって裏書きされてるのみだった。不妊の「かも知れない。」を肯定するならば、手術の効果の「かも知れない。」をも肯定していいわけだった。然し幾代も兼子も手術を嫌った。そして、不妊の「かも知れない。」を肯定しっつ、それを実は打ち消そうとしていた――奇蹟を信ずるような心で。
「よその子供を育てると、不思議に家でも児が出来る。」
 馬鹿、馬鹿! と彼はやけに首を振った、そんな迷信で生活の調子を狂わしてはいけない。子供とはい
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