え、一人の存在を弄んではいけない。
「そんなら、」と兼子は云った、「私にはその子供を愛せられないと思っていらっして?」
然し彼から云わせると、それがなおいけなかったのだ。愛しようと欲することと愛するという事実とは、別なものであった。彼女はそれを混同していた。他の女と良人との間の子を引取って、それを実の母のように愛すること――愛したいということ、其処に彼女の任侠的な感傷があった。そして子供の上に一種の美しい幻を投げかけていた。
「僕はお前を愛するから、」と彼は云った、「僕の過去の暗い罪で、お前の生活を乱したくない。」
それでも彼女はびくともしなかった。彼女の存在は無意識的に、自分一個の生活よりも、更に広い生活を欲していた。たとい自分の一部を犠牲にしても、次の時代の母となりたがっていた。依子を引取ることによって、奇蹟のように自分に児が出来るならば、それに越したことはなかったが、たとい児が出来ないまでも、それは少くとも美しい感動すべき行いだった。そして依子を実子のように愛したら……。
兼子と幾代とは、間接に依子の面倒を見てる瀬戸の伯父に、相談してみた。酒肥りの大ざっぱな瀬戸は、即座に賛
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