ちだけを執拗に分解して見た。然し幾代の理由は簡単だった。どうせ兼子に児がないとすれば、そして兼子自身で望んでいることである以上は、依子を引取って育てた方が、家の血統のためにも皆のためにも、凡て好都合ではないか。もし兼子に子が出来ても女の子であるから少しも差障りはない。
「固より向うとはきっぱり手を切ってしまうのです。」と彼女は云った。
「然し戸籍の上にはいつまでも残りますよ。」と彼は母が気にしそうなことを持ち出してみた。
「それ位は仕方がありますまい。」彼女の答えは落付いていた。「兼子さんに児が出来ないとすれば、他《ほか》から何とかするよりも、その方が都合よくはありませんかね。第一兼子さん自身でそうしたいといってることですし……。」
 否々、と彼は心の中でくり返した。そのことを考え出したのは、兼子自身ではない、また幾代自身でもない。それは二人の間の空気、善良な女性としての二人の間に醸し出された空気、に違いなかった。
「お母様からお話がありましたでしょう。」そういう風に兼子は彼に云った。「……私も是非そうしたく思いますわ。どうせ自分には児がなさそうですから、その子を自分の子として育てたい
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