た。二人はその犬が通りすぎるまで佇んでいた。それから家の中にはいった。
「余り神経をやんではいけない。」と彼は云った。「お前までがそんな風になると、なお依子がいけなくなるばかりだ。」
「でもたしかに変ですよ。」と兼子は答えた。「実はこないだ、庭に誰か立っているようなので、喫驚してなおよく見ると、それが椿の木だったりしたこともありますが、それにしても、あの子の様子が余りおかしいんですもの。ひょっとすると、子供に逢いたさの余り、家の前をぶらついたりなんかなすってるのではないでしょうか。それならそうと云って、家へ来て下さればいいのに。」
「お前までそんなことを云うからいけないんだ。」と彼は云った。
 然し彼自身も少からず神経を悩まされた。敏子のことはそうだとは思えなかったが、一種の神秘なあり得べからざることが、却ってありそうに思えてきた。馬鹿な、そんなことが! と自ら云って見たけれど、今にも更に悪いことが起りそうな気がした。
 そして実際、依子の様子は益々いけなくなっていった。それにつれて兼子も益々苛立ってきた。彼女は打ちこそしなかったが、それよりも更に悪い冷たさを以て、依子に対するようにな
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