]よ。」
「え、なぜ?」と兼子は依子の顔を覗き込んだ。
「そんなごまかしでは駄目だ」と彼は口を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]んだ。
兼子は明かに狼狽の色を見せた。
「僕にもよく分っているよ」と彼は云った。
兼子の幻滅は痛ましかった。彼女は今まで自分が慕われてると思い込んでいただけに、この打撃に会うと、依子の心の凡てを疑い出した。依子の素振りをじっと眺めながら、一人で苛立っていた。むやみに愛撫するかと思うと、邪慳に突き放した。そしてむりにもお母ちゃん[#「お母ちゃん」に傍点]と呼ばせようとした。
依子は変に几帳面な所があった。組みの玩具が一つ足りないと云っても、大騒ぎをした。何かのはずみに人形の片足が取れると、大声に喚き立てた。
「人形が壊れた、人形が壊れた。直《なお》してお母ちゃま。直してよ、お母ちゃま!」
それを聞くと兼子はきっとなった。
「勝手にお直しなさい!」と云い放った。
依子はわっと泣き出した。そして「お父ちゃま、お父ちゃま!」と叫び立てた。襖の影に陰れて、向うの室を走り廻っていた。
「何とかしておやりよ」と彼は兼子へ云った
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