寝込んでいた。
「寝坊な子ですわね。」と兼子は云った。
「昼間の疲れでしょう。」と幾代は云った。
 彼は幾度も幾代の寝床へ、依子の寝顔を覗きに行った。依子は変にちぢこまって眠っていた。
「これなら大丈夫だ。」と彼は云った。
「おとなしい子ですわね。」と兼子は云った。「そして大変悧口そうですよ。今朝いきなり、お祖母ちゃまだのお母ちゃまだのと云うものですから、喫驚しましたわ。勿論あの方《かた》が、よく教え込んで置かれたのでしょうけれど……。」
 四五日もすれば家の子になりきるだろう、と彼は思った。そしてすっかり馴れてしまえば、万事がよくなるだろう。
 然しその翌日、幾代が三田へ行っている留守中に、依子は俄に泣き出した。誰が何と云っても泣き止まなかった。初めは些細なことだった。女中がカステイラを二切皿に入れて持って来た。依子はその半分だけ食べて止した。「もう沢山ですか、」と兼子は尋ねた。依子は何とも答えなかった。「よかったらお食べなさい、」と兼子はまた云った。依子は黙っていた。それで兼子は、残りの菓子をあちらへ持ってゆかした。そしてまた玩具で遊ばせようとした。然し依子は身動きもしなかった。

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