を受けられて、何か変化があったらその時のことにしても宜しいでしょう。終始外的治療を受けられるのも大変でしょうから。一体この、子供の少い痩せた……神経質な婦人を検査しますと、あれ位の病気は半数以上持ってるものです。それが多くは、一生気付かないで過してしまうのです。」
 彼は、医者としてよりも人としての博士の言に、信頼するの外はなかった。年に二回ばかりの診察を頼んで、病院の門を飛び出すと、急に明るみへ出たような呑気な気持になった。問題は彼の心の中で消えてしまった。彼は午前の日の光に充ちた街路を、ぶらりぶらり歩いていった。そして母と妻とへ、報告的な告げ方をした。
「まあ僕の気管支と同じ程度のものさ。」と彼は云った。「少し気をつけてさえいれば、身体の方はすっかり丈夫になるよ。心の向け方一つだ。」
 所が彼女等の心は、彼が思いも及ばない方へ向いていった。
 物に反射し易かった露わな兼子の神経は、憂欝な曇りのうちに沈み込んでいった。彼女は外出を嫌って家居を好むようになった。必要な用事があっても愚図ついていて、容易に出かけなかった。裏の花壇の手入れを女中に任せっきりで、常磐木の木影深い表庭を好むよう
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