なかった。そしてただまじまじと眼を見開いていた。頬の細そりした面長の顔が、薄暗い光りの中に浮きだして、静に枕の上に休らっていたが、底のない穴を思わせるような眼だけは、変に鋭く活《はたら》いていた。そして時々瞬きをした。それをじっと見ていると、瞬きの毎に怪しい惑わしが伝わってきた。彼ははっきり眼を覚しながら、そのまま白けた眠りに落ちた。
 其後も一度眼を覚して、なお眠らないでいる彼女の姿を見たような記憶を、彼は朝になって意識に浮べた。
 彼は木村博士を訪れた、幾代と兼子とには内密《ないしょ》で。然しその結果得たものは、所謂子宮内膜炎という病気には非常に多くの種類があること、兼子のそれは殆んど体質的ともいえるほどの慢性の軽微なものであること、そのままにしておいても健康に大した害は及ぼさないこと、但し不妊の恐れはあること、然し手術其他の手当の効果については確かな保証は出来ないこと、……要するに、兼子の口から聞いたことと大差なかった。
「医者としては、」と博士は云った、「一層のこと手術なさるようにお勧めしますが、然し嫌でしたら、それにも及びますまい。まあ時々、そうですね……年に二回ばかりも診察
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