た。
「あらそう?」と彼女は答えて頭をもたげながら彼の方を見上げた。その眼には夢見るような柔かい濡いがあった。
 彼は安心した。然しその晩に、彼女の眼は熱い黝《くろ》ずんだ光を帯びた。そして木村博士の診断を良人と母とに残らずうち明けた。平素身体が比較的弱いのは、やはり子宮の内膜の病気が原因だった。その病気は、うっちゃっておいても別段差支えないとのことだった。そして手術すれば全愈する可能が多いし、手術しなければ不妊の可能が多いけれど、終局何れも可能に止まるとのことだった。――全愈の見込が確かでない手術なんかはしない方がいい、ということに皆の意見は一致した。大して差支えのない病気なら、身体を強くする方法は他にありそうだった。
 何でもないことだ、と彼は思った。然し幾代と兼子とにとってはそうではなさそうだった。その晩兼子は長く眠れないでいるらしかった。夜中に彼はふと眼を覚した。兼子が声低く彼を呼んでいた。彼は大きく開いた眼で意味を尋ねた。彼女は云った。
「私、やはり手術をして貰いましょうか。」
「それもいいね。」と彼は答えた。「何なら僕がなお木村博士に相談してみようか。」
 彼女は何とも云わ
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