、危うげに箸を掴んでる依子の小さな手附を、しきりに眺めていた。眼の底が熱くなってきた。皆が箸を置かないうちに、彼は一人ぷいと立ち上った。
足がふらふらして頭がかっと熱《ほて》っていた。煙草に火をつけながら、庭の中を歩き廻った。空は一面に曇ってるらしく、星の光りも見えなかった。湿っぽい冷かな空気が何処からともなく流れてきて、今にも雨になるかと思われた。彼は俄に真黒な木立に慴えて、それでもなるべく薄暗い隅を選んで、縁側に腰掛けた。じっとしていると、わけもなく涙が出て来た。それを自ら押し隠すようにして、背中の柱に軽く頭をこつこつやった。頭の動きが一人でに強くなっていった。しまいには、軽い眩暈を覚えた。然し柱の角にぶっつける痛みは、頭の皮膚に少しも感じなかった。
食後皆は向うの室で何をしてるのだろう? そんなことが夢のように気にかかった。そして自分一人が仲間外れの不用な人間のように思われてきた。そうだ、皆はこの自分が同席しない時の方が気楽なのだ。勝手にするがいい!……それでも彼は何かしら待っていた。誰かが、皆が、自分を探しに来てくれるのを。
瀬戸が彼を探しに来た。そして彼の肩に手を置いて
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