をじっと眺めた。いつのまにかべそをかいていた。妙に口を大きく引きつらして、今にも泣きだしそうになった。
「いけない、いけない。」と瀬戸は云った。「抱き様が悪いんだ。……まあゆっくり馴れるさ。」
依子は瀬戸の手で抱き取られた。彼の腕にはただ、柔かくてずっしりとした重みの感じだけが残った。
卑怯者! と彼は自ら自分に浴せかけた。夕食の膳に向うと、瀬戸の相手になって無理に杯の数を重ねた。
「あなた、そんなに召上ってもお宜しいですか。」と兼子が云った。
「いいさ、」と瀬戸が引取って答えた、「芽出度い日なんだからね。」
然し芽出度いという感じは、一坐の何処にも現われていなかった。それはただ妙にしんみりとした――それでいてごたごたした――晩餐だった。敏子は固より幾代まで、自分が食べるのをうち忘れて、依子の面倒をみてやっていた。依子は促される度に小さく口を開きながら、自分では食べようともせずに、食卓の上に並んでるいろんな皿を、珍らしそうに眺めていた。多くの皿は手がつけられないで残っていた。敏子も幾代も兼子も、ごく少ししか食べなかった。ただ瀬戸と彼とだけがやたらに食べた。彼は片手に杯を持ちながら
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