垂れていた。兼子がその肩に手をかけていた。
彼は素知らぬ風をして立っていた。暫くすると、皆は庭へ下りてきた。敏子は真直に彼の所へ来て云った。
「依子がどうしても帰しませんものですから……。」
それが彼女が直接自分にかける最後の言葉なのか!……と彼は思った。彼は彼女の顔を見つめた。彼女は頬の筋肉一つ動かさなかった。その厚ぼったい肉の下に、感情は悉く隠れて見えなかった。
「どうかゆっくりなさい。」と彼は云った。
彼女はちらりと彼の眼を見上げて、それから依子の後を追っていった。機嫌を直した依子は、先刻からの麦桿細工の箱を抱えて、幾代と二人で庭の奥へはいり込んでいた。
彼はぼんやり三人の後を見送った。
「あなた!」
ふり向くと、兼子がすぐ眼の前に立っていた。
「なぜあの子を抱こうとなさらないの。まるで他人の子のようですわ。」
彼は何とも答えられなかった。二人は暫く黙っていた。
「僕は変な気がする。」と彼は云った。
「何が?」
「あの子が本当に自分の子だかどうだか分らないような気がする。」
兼子はじっと彼の顔を見た。それから云った。
「あなたによく似てますわ。それに、あんなによくお
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