げと見てはいけない醜い発見物のようにさえ思われた。
 彼が眼を外らすと、彼の方をじっと見てる兼子の眼に出会った。兼子は視線を外らさなかった。澄みきった黒い冷かな瞳が、彼の眼を吸い取ろうとしていた。彼はその瞳に眼を定めたまま、彼女の顔全体を見て取った。細やかな薄い皮膚、たるみのない痩せ形な頬、すっと高い鼻、薄い唇から覗いてる真白い歯――彼は彼女の美貌に喫驚した。彼は今迄そういう風に彼女を眺めたことがなかった。……彼は眼を外らして、敏子の横顔をまた眺めた。肌目の荒い肉が白粉に包まれていた。ふふんと鼻で笑いたいような気が、彼のうちに起った。それを自ら気付くと、変に息苦しい所へ心が落込んでいった。彼は我知らず立ち上りかけた。そして咄嗟に誰へともなく云った。
「庭の方へ出ませんか。」
 彼は立ち上って障子を開け、縁側から庭へ下りていった。庭の真中に立って深く息を吸い込んだ。いい気持だった。何もかも、依子も、なるようになるがいいや、そういう気がした。
「いやよ、いやよ、お母ちゃん、いやよ!」と泣き叫ぶ声がした。ふり返ってみると、依子が敏子の胸に縋りついていた。幾代が何か云っていた。敏子はじっと首を
前へ 次へ
全82ページ中40ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング