れた泥は依子を愛することによって償われる! 俺は二重に依子を愛してやろう、と彼は心に誓った。
 夕食後、彼は瀬戸を送って表に出た。肥った筋肉を狭すぎるような皮膚に包んだ瀬戸の身体は、酒のためになお張り切って見えた。地面に転ったらぽんとはね返りそうに思われた。棒のような足でことこと歩きながら、彼の方を顧みた。
「これですっかりよくなったというものだ。女も時には素敵なことを考えつくものだね。」
「え?」と彼は問い返した。意味がよく分らなかった。
「然しこれからが大事だね。」と瀬戸は構わず云い続けた。「永井でなくても、へまするとお前は誤解され易いよ。」
「永井が何と云ったんです!」
 瀬戸は他のことを尋ねた。
「お前は依子を引取ることを、大変急いでるというじゃないか。」
「ええ。変な風に話がこじれるといけませんから……。」
「然し案外だったろう、余りすらすらと運びすぎて。」
 彼は返辞に迷って、何とも答えなかった。瀬戸もそれきり黙った。暫く行って坂を下りつくすと、瀬戸は俄に立ち止った。
「送ってくるのなら、もういいよ。それに、今晩は家でゆっくりした方がいいだろう。」
 そう云いながら瀬戸は、
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