してるのかと思うと、他に縁故の者もない孤立の敏子を彼は憐れまずには居られなかった。……然し今、たとい他に人がなかったにせよ、その男を敏子が間に立てたかと思えば、憤懣の念に堪えなかった。恐らく敏子はただ相談したのみではあったろうが、その手中に話を托すとは、余りに凡てをふみつけにした仕業だった。依子の一身は、そんな風に取引されていいものであったろうか?
「その条件を拒んだらどうなるんです?」と彼は云った。
「それはまた話をやり直すまでのことだが、」と瀬戸は云った、「それほどむずかしい条件ではないじゃないか。」
「条件はどうでもいいんですが、永井が間にはいってるのが嫌なんです。」
「なるほど、永井には私《わし》も閉口だ。」
「それでも、これで永井とさっぱり縁が切れるわけだから、却ってよくはありませんか。」と幾代は云った。
「あなた、」と兼子も云った、「いろんなことを云い出すと、なお面倒になるばかりですわ。いつもあなたが云っていらしたように、早くきめてしまった方がよくはありませんか。」
それは打算的な理屈だ、と彼は考えた。然しそれが最も便利なまた安全な方法だった。取引によって依子の運命に塗ら
前へ
次へ
全82ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング