て行った以上は、敏子が自ら幾代へか瀬戸へか返事をする筈だと思っていた。然るに、あの下劣な永井を間に立てて瀬戸へ談判を持ち込むとは……。体のいい取引に過ぎないのだ。――彼は永井を嫌っていた。あの当事家へ談判をしに来たのも永井だった。父が向うの要求を尋ねると、子供が小学校を卒業するまで月々三十円の仕送りをしてほしいと、ただそれだけのことを切り出すのに、一時間もくどくどと饒舌り続けたそうだった。彼の行いを責むるかと思えば、敏子の方が悪いのだと云ってみたり、また其々の家ではどういうことがあったとか、それも真偽の分らない話を廻りくどく述べ立てて、遂に父の立腹を買ったのだった。父から怒鳴られても永井は平気だった。そしてなお饒舌り続けながら、要求が容れられると、すぐに帰っていったそうである。彼も一度逢ったことがあった。常に問題の中心に触れないで、下らないことをのべつに饒舌り続ける永井を、彼は不思議そうに眺めた。髪を丁寧に撫でつけ、鼻が低く、眼が絶えず動いてる、撫で肩のその姿を見ると、彼は一種の道化――都会が産んだ道化――を見るような気がした。然し道化にしては余りに悪賢こかった。この男が敏子の身を保護
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