になって、遠くへ席を避けた。然しそのことが更に不快な気持ちを煽った。彼は電車から下りて、真直に家へ帰ってきた。
一日も早く解決しなければいけない、と彼は執拗に同じ考えをくり返した。然し自分から進んでどうするという方法はなかった。
そこへ瀬戸の伯父が、向うの返事を齎してきたのだった。彼は女中から知らせを受けて座敷へ飛んでいった。幾代と兼子とが、ちらと眼を見合して彼の方を顧みた。彼は反抗的な気持ちになって、わざとらしいほど丁寧に伯父へお辞儀をした。
「思う通りになったよ。」と瀬戸は云った。
「そうですか。」と彼は冷淡な返辞をした。
「但し条件づきでね。」
条件というのは、庶子の認知と千五百円の金とだけだった。
「簡単なことだから、私《わし》が独断で承知して置いた。お前にも異存はあるまいと思って。」
「ええ。」と答えながら、彼は瀬戸の顔を見つめた。「そんなことをとし[#「とし」に傍点]が云ったのですか。」
「いや、永井が代理に来てからの話さ。」
彼は眉をしかめた。不意に泥の中へ足を踏み込んだような気がした。話は幾代と敏子との間の穏かなものだと、彼は考えていた。少くとも幾代が自ら出かけ
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