た。見せてならないものを見せたような気がした。依子を愛することが、何で兼子に気兼ねする必要があろう? そうは考えてみたけれど、はっきりした形を取らない仄暗い不安が、何処からともなく寄せてきた。依子が来たら凡てよくなるだろう、と彼は自ら云った。そしてそれまでは、もう依子のことを口にすまいと決心した。
彼が黙っていればいるほど、兼子の眼は益々彼の内心へ向けられていった。彼はそれをはっきり感じた。
「眼が大きいそうですから、屹度あなたに似てる子に違いありませんわ。」と兼子は云った。
俺をたしなめているんだな、と彼は考えた。
「家に引取ったら、」と兼子は云いもした、「余りいろんなことに干渉なすってはいやですよ。女の子は女親の方がよく気持ちが分りますから。私ほんとにいい子に育てたいと思っていますの。でも、悪いことをしても私には叱れないかも知れません。そんな時はお母様かあなたが叱って下さるといいんですけれど……。」
彼女の言葉は甘っぽい嬌態を帯びていた。彼は其処に一種の武器を見て取った。彼女は自分一人で子供を占領したがってるのだ、と彼は感じた。占領したいんならするがいい、とも考えた。然し……
前へ
次へ
全82ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング