」と彼は叫んだ。
「だから猶更待ってやるのが本当でしょう。」
「いえ、だから、人間一人の運命に関することだから、変にこじれないうちに早くきめなければいけません。」
見方が違うんだ、と彼は考えた。彼女等にとっては、依子は一の玩具に過ぎない。依子の存在に対して、現在愛の心が動いてるのではなくて、愛するという空想を楽しんでるのだ。隙にあかして、ゆっくり期待の時期を味おうというのだ。然し……依子の運命を弄ばさしてなるものか!
「兎に角きめるだけ早くきめたらいいでしょう。」と彼は云った。
「おかしな人ね。」と兼子が云った。「初めはあんなに躊躇していらしたくせに、今になって、どうしてそう性急《せっかち》なことを仰言るの?」
「僕の心がきまったからだ。」と彼は答えた。「心がきまった以上は、僕は是非とも依子を引取ってやる。向うで嫌だと云えば、奪い取っても構わない。……安心しきって下らない空想に耽ってるうちに、またどうなるか分らないじゃないか。その方を先に解決するのが第一だ。」
「では何を危ぶんでいらっしゃるの?」
彼は黙って兼子の眼を覗き込んだ。その眼は好奇の色に輝いていた。彼は不安な気持ちになっ
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