ば進むるほど、その面影は同じ程度に遠退《とおの》いて、常にぼんやりした距離に立って居た。
馬鹿! と彼は自ら自分に浴せかけた。依子の一生の運命に関することだ。そう考え直してみた。然し問題は既に決定されていた。それが最善の途らしかった。何の気もなく偶然兼子に述べた言葉だけが、更に深く掘り進められていった。依子は戸籍上私生児となってることを、彼は考えた。私生児が世の中で如何なる待遇を受けるか、それを彼は想像した。庶子の認知をして家に引取り、そして兼子と二人で愛してやったら、それは依子の生涯に光明を与えることに違いなかった。そうすれば敏子とても、一生世に埋もれずに済む、少なくもも自由な道が歩けるだろう。それで自分の過去は晴々となるのだ。罪の購いなのだ。而もそれによって、兼子の生活まで救われるだろう。女には良人以外にも一つ、生活の頼りとなるべき人形が必要である。その人形は、普通の女にとっては子供なのだ。兼子に子供を与えることは、彼女の寂寞たる生活を救うかも知れない。そうだ。彼女がその子供を愛しさえすれば……。
彼は執拗に兼子の眼色を窺った。その眼は少しも濁っていなかった。
「お前は、」と彼
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