は云った、「後悔するようなことになるだろうとは、少しも思っていないのか。」
「ええ。なぜ?」
「自分の児でなければ子供なんか寧ろない方がいいとか、または、依子よりも寧ろ他人の子供を養子にした方がよかったとか、そんな気持ちになりそうな不安は、少しも感じないんだね?」
「ええ、ちっとも。私ただあの子を育てたいんですわ。」
「なぜ?」と此度は彼の方で反問した。
 彼女の答えは簡単だった。
「あの子なら、全く他人ではありませんから。」
「だからなおいけなくはないかしら。」
「いいえ。私はもう昔のことは何とも思っていませんの。結婚前のことですもの。……あなたが本当に私を愛して下さるなら、私の心も分って下さる筈ですわ。」
「それほどお前は本当に思い込んでるのかい。」
「え、何を?」
 何をだかは、尋ねた彼にも説明出来なかった。ただ心から信じての上でさえあれば、それでよかった。
「私はただ、」と兼子は眼を伏せて云った、「あの方《かた》に気の毒な気がしますけど、そのうめ合せには、あの子を倍も愛してあげるつもりですわ。」
 彼は無言のまま兼子の手を握りしめた。そして、その後ですぐ自責の念が萠してきた。何
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