彼はじっとしてるのが苦しくなった。坐ってる膝頭をやけに揺ぶった。変に気持ちがねじれてゆきそうだった。
 二人きりになった時、兼子は彼の腕に縋りついてきた。
「どうしたら宜しいでしょう?」
「どうしたらって、今になって仕方はないじゃないか。今更向うへ取消すわけにもゆくまいから。」
 そう云いながら彼は、何を云うんだ、何を云うんだ! と自ら心の中でくり返した。それでも彼は、先刻母へ向ってあんなことを云った同じ口で兼子を説得しようとしていた。
「兎に角、そうした方がいいかも知れない、もう茲まできてしまったんだから。子供も、一生父なし子で暮すよりは、公然と家で育った方が幸福だろう。その幸福は、凡てをよくなしてくれるかも知れない。たとい一時はつらくっても、母親は、それを喜ぶに違いない。そして、お前とお母さんとは、いい出した本人じゃないか。あの子を実の子のように愛してさえくれたら……愛することによってお前の生活が、晴々としたものに、そうだ、晴々となったら、僕はどんなに嬉しいか知れない。僕にはあの子を愛せられないかも分らないけれど……。」
「あなた!」と兼子は云った。
「僕は元来子供は嫌いなんだ。然
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