たのだった。
「どうしても子供を引取らなければいけないのですか。」と彼は云ってみた。
「まあ、何を云うのです?」と幾代は驚いた眼を見張った。「引取らなければいけないというのではありません。引取る方が万事都合よいから、こちらから向うへ相談に行ったのではありませんか。あなたは一度承知しておいて、今になって不服なんですか。」
さすがに彼も、承知した覚えがないとはいい得なかった。ただ自ら進んで相談に与らなかったまでだ。いいとも悪いとも言明しなかったまでだ。そして、今後の兼子の心をばかり気遣っていたのであった。
「だけど、考えてみると、」と幾代は云い続けた、「気の毒のようでもありますね。あれまで手許で育てたのを、無理に引き離すんですから。」
「お話の模様では、いい子のようでございますね。」と兼子は云った。
「ええ、おとなしそうな可変いい子でしたよ。言葉も上品ですし、よほど注意して育てたものと見えます。家の子だとしても恥しくはありますまい。」
「私済まない気がしますわ。」
「それもそうですけれどね……。」
「それが人間としての本当の気持ちだ!」と彼は思わず叫んだ。
兼子は頭を垂れて唇をかんだ。
前へ
次へ
全82ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング