とかかとか其場々々は理論で押しつくろいながら、結局は依子を引取る理由を更に裏書きする言葉を、兼子の口から引出したがっていたのではないか。ちっぽけな利己的な偽善だ。……とは云え、公平な心で考えても、依子を引取るのが自然で正常であるように思われた。そうしたいという欲求は、彼の頭の中に深く根を下していた。誰に遠慮がいるものか! 彼は運命という名に固執した。区々たる一時の感情を捨てて、一生を通ずる大きな運命というものをのみ見ようとした。依子、敏子、兼子、自分、凡ての者の運命がそれによってよりよくなされる。そう彼は考えた。愛は誰か一人を護ることではなくて、凡ての者の運命を正しくなすことだ!
彼は早くその日が来るのを待った。じりじりした日を送った。然し敏子からは何とも返事がなかった。幾代も別に催促に行く風もなかった。兼子も落付き払っていた。そして彼女等は、温泉旅行の夢想を捨てて、新らしい夢想を描き出していた。子供を中心にして、種々な計画がめぐらされた。先ず第一は玩具であった。珍らしい玩具が沢山物色せられた。それも実際玩具屋に行って見て来た物でなくて、彼女等の頭でありそうに想像された物だった。中には座敷の中で火をたいて湯が沸せるような、小さな世帯道具まであった。「火を弄《いじ》らせるのは危ないから止しましょう、」と幾代は云った。第二は遊覧場所だった。公園、動物園、植物園、観音様、郊外の野原……地図の上に赤鉛筆で印がつけられた。活動や寄席は小さな子にはどうだろうか、それが問題として残っていた。第三には着物のことだった。余り贅沢をさせてはいけないということに、二人の意見は一致した。けれど地色や柄は、子供の顔立に似合うものでなければならなかった。それには肝腎の顔立がよく分らなかった。幾代は子供を見た時の印象を、出来るだけ細かく思い浮べようとした……。
「そんな計画ばかりしてどうするんです?」と彼は云った。
「でもねえ、前からきめて置きませんと……。」と幾代は答えた。
「然しまだ返事がないじゃありませんか。もし断ってきたらどうします?」
「そんな筈はありませんよ。」
「もう約束の四五日になっていますよ。」
「それは約束は約束ですけれど、向うだってそう急にはきめかねるでしょうよ。少しは向うの身になっても考えてやりませんではね。猫の仔一匹やりとりするのでも……。」
「犬猫の仔とは違います!
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