子が、どうもうまくゆきません。今では兎に角、仕立物をしたり、近所の娘さん達にお針を教えたりして、立派に一家を持ってる身分ですから、昔家に使っていた時のように、ぞんざいな口の利き方も出来ませんからね。
「いつまでそうしていても仕方がないから、思い切って相談を持ち出して[#「持ち出して」は底本では「時ち出して」]みました。兼子さん、あなたの気持ちもよく話しました、なまじっか隠し立てをしては悪いと思って、こちらの事情を詳しく述べましたが、お敏は何とも返辞をしません。じっと畳に眼を伏せたきり、石のように固くなっていました。髪のほつれ毛が震えていた所を見ると、よほど胸を打たれたに違いありません。全くの所、余り突然のことでしたからね。私は、そうした方が子供のためにもよいし、皆のためにもよいということをよく得心のゆくように云ってきかせました。あの当時とは事情も違ったのだからと。……そして、今後あなたの身の上についても力になってあげたい、と云い出しますと、お敏は何と思ったのか、きっと顔を上げて、私の身の上のことは私一人で致しますと、思いつめたように云うのです。私の云い方が悪かったのかも知れませんが、そんな言葉を聞く訳はないと思いました。そして妙に気持ちがこじれてきました。しまいには二人共黙り込んでしまって、どうしたらいいか分らなくなりました。
「子供は無邪気でよござんすね。私達が余り黙っていたからでしょう、私がやった人形を抱いてきてお母ちゃん、これおばあちゃまに頂いたのね、とふいに云い出したのです。けれどもそれがいけませんでした。お敏は子供を引き寄せて、胸に抱きしめましたが、ぽろりぽろり涙をこぼすではありませんか。それを見ると、私は気が挫けてしまいました。どうしたものかと途方にくれてしまいました。……所が丁度、近所の娘さんがお針のお稽古に来ました。お敏は立っていって、お客様だからと断ってるようでした。そしてまた座に戻ると、ふいに、ほんとうにふいに、奥様済みませんと詑びるのです。何で詑びるのか私には分りませんでしたが、ただ、いいえ私の方が余り突然だったものですから、と云ってやりました。それですっかりよくなりました。落付いてゆっくり話をすることが出来ました。私達の気持ちは、向うにもよく分ったようです。四五日考えさして欲しいと云っていましたが、大丈夫承知しますでしょう。」
そういう話を
前へ
次へ
全41ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング