しい。首垂れて、黙って、坂道を下っていった。
バスの停留所では、二時間ばかり待たねばならないことが分った。面白いこともないし、湖岸の道をぶらぶら歩くことにした。
雲が次第に多くなり、そして雲行きはけわしくなった。旅館まで半分ほど来たかと思われる頃、雨が降りだした。木陰によけた。それから歩きだすと、やがてまた雨になった。杉木立にかこまれた稲荷堂に雨宿りした。雨がやんだので、急いで帰りかけると、ちょっと雷鳴がして、こんどは可なりの雨となった。避難の場所が見当らなかった。大木の陰も雨雫で同じことだ。濡れながら行くと、野の中に、屋根だけふいてある四方開け放しの小屋があった。その中に飛びこんだ。木片や藁屑があったから、焚火をした。
それほど寒くもないのに、平田はへんに震えてるようだった。やたらに木片を火にくべて、ぱっと燃え立つと、嬉しそうに手をこすった。
「ああ、これで助った。」
雨は強く、その中での小屋の焚火は、悲しくて美しかった。私の心は躍った。平田は私を抱きしめてくれるだろう。熱いキスで息をつまらせてくれるだろう。いつまでも私を離さないだろう。けれどもそんなことは、少しもなかった
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