の感激も情熱もなかった。手を握り合いさえもしなかった。薬を飲んだら、彼は白痴のように、犬のように、ただ白々しく、私のあとにどこまでもついて来ることだろう。
私は彼を殴りつけたかった。蹴飛ばしたかった。そして泣きたかった。だがその力も、もう私にはなかった。
彼は私を扶け起そうとしたが、私がぐったりしてるので、手を離して、そこにしゃがみこんだ。
「許してくれよ。僕はすっかりだめなんだ。どこか麻痺してるんだ。」
彼は小児のようにしくしく泣きだした。いつまでも泣いた。
私は半身を起して、膝でいざり退いた。怪しい戦きが心を走った。――彼は気が変になりかけたのではあるまいか。白痴になりかけたのではあるまいか。見つめているうちに、身体が震えてきた。突然、月が私を眺めているぞと、へんなことを考えた。
私は立ち上った。まだ泣いてる彼を扶け起した。彼は逆らわずに殆んど自力で立ち上った。その腕を私は抱いて、旅館の方へ歩きだした。
私は決心していた。決して死ぬものか、この人と一緒になど死ぬものか。決心して且つ自ら誓った。それにしても、私達の恋愛はどこへ行ってしまったのだろう。残ってるものは何もない
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