底は、海面に近いぐらいよ。それで、水死人が、深く深く沈んでゆくと、水圧のために浮き上らなくなり、立ったまま、底のへんを、ふらりふらり歩いてるの。そんなのが、たくさん歩いてるのよ。」
ほんとにそんな風に、私は信じたかった。
しばらく間を置いて、平田は言った。
「それは、おかしい。水圧で浮き上れなくなることは、あるかも知れないが、人間の身体は、頭の方が重くて足の方が軽い筈だから、立っているとすれば、逆立ちになるわけだが……。」
私は一歩足をとめて、彼をちらと顧みた。彼は沖の方は見ずに、月を仰いでいる。湖水の底の死体どもが、真直に立たずに、逆立ちして、ふらりふらり動いてるとすれば、それはなんと奇怪な光景だろう。そんなことは到底信じられない。
「ほんとかしら。」
「何が。」
「死体の話。」
「君がそう言ったんじゃないの。」
声の調子は、私の話をばかにしてるのではなかった。それかと言って、真実と思ってるのでも勿論なかろう。逆立ちのことは、ただ理論的訂正なのだ。ただ理論的訂正。
私はローレライの歌を口ずさみかけて、やめた。
はっと思い出したことがある。――平田の奥さんの知人に、霊感の強
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