で、つまらなかった。」
「ほんとにつまらなかったの。」
「もっと精巧な微妙なことかと思っていたんだ。」
 嘘ではないらしい。彼は愚かに鈍感になったのであろうか。愛情の上の思いつめたものを、取り失ってしまったのであろうか。
 私は池のほとりを離れて、湖水の方へまたおりていった。彼は素直についてくる。旅館の貸下駄をかたかた音立て、丹前姿にオーバアを引っかけて、それは恋愛する男の姿ではない。
 私はまだまだ外を歩きたかった。旅館の狭苦しい室に戻りたくなかった。
 湖水の岸の砂地を、行けるところまで行ってみよう。
 月はもうだいぶ昇って、湖面の光りの反映は狭まり、沖の方は黝ずんで盛り上っている。
「この湖水には、伝説があるのね。」
「たいていの湖水には、伝説があるものだが、どういうの。」
 話すのも、つまらなくなった。神様と、坊さんと、怪物、その三つの型に多くはきまっているのだ。
 断雲が空を流れて、時々月光が隠される。
「それに、怪談もあるわ。」
「怪談……伝説と同じことじゃないかな。」
「いいえ、怪談というより、事実かも知れないわ。この湖水、たいへん深いでしょう。山の上にあるけれど、真中の
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