方から順次に山水が流れ落ちている、その水流に逆らって、群れ静まっているが、些細な物音や物影にも、ぱっと乱れ散って渦を巻く。
 私達は足音を忍ばして近づいたが、池のそばに植えてある桜の立木に月光が遮られて、よくは見えない。眼が馴れてくると、池の中には黒いものが縦横に動乱しているのが分った。やはり足音か人影かに驚いたのであろう。三年以上の親鱒は、肌や鰭に赤みを帯びているのだが、木立をもれる斑らな月光では、ただ黒々と見える。しばらく静かに拝んでいると、魚も寄り集まって静かになる。少しでも身動きすれば、ぱっと散る。なんという敏感なことか。
 私達は順々に池を見ていった。
「昼間と同じだね。」
 私が黙っていると、平田はまた言った。
「どの池も同じだね。」
 いいえ、違う。私はそのことを知っているのだ。昼間とは色も感じも違う。それはともかく、池の形はみな同じでも、中のものはたいへんな違いだ。私はそれに突き当って、もう魚の姿は求めずに、ただ水面に視線を据えた。私は人工受精の作業を何度も見た。上方の建物の中で、毎日行われている。
 池の水を半ば切って落し、手網で魚をすくい取り、池に浸してある竹籠に入
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