方もわるいけれど、平田の方がなおわるい。外に出てみようと言う私へ、ただ犬のようについて来るだけではないか。第一、身なりが見っともない。私はお風呂の後でも、寝るまでは服装をきちんと整えているのに、平田の方は、この旅館に着いたその日から、湯上りと丹前姿で、あぐらをかいて酒を飲んでいる。落着いていると言えばそれまでだが、思いつめているのとは違うようだ。追手が来たら、のこのこ連れ戻されるだろうし、さあこれからすぐに、と私が言ったら、殆んど無関心に、つまり無意味に、一緒に死んでくれるかも知れない。そんなのは、思いつめてるんじゃない。思いつめてるのだったら、積極的に、私を死へ誘う筈だ。
いいえ、私はもう一緒には死なない。その代り、月夜の湖畔の散歩には、連れてってあげる。
停電のあとで電燈がついたような、ぱっと明るい月夜だった。旅館の前は広場で、この山間を走ってるバスの事務所があるが、それはもう閉め切ってあり、旅館は一つだけで他に人家もなく、人の姿は全然見えず、暗い木立の向うに、湖水がきらきら光っていた。
「わりに暖いね。」
丹前の肩からずり落ちそうなオーバアの、胸の釦を一つ平田はかけている。
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