とちりました。学者は鞄から小さな白っぽいものをとりだして、注射のあとにはりつけました。よく見ると、それはブリキの板でした。
「これでよろしい」
 学者はそういって、小父さんといっしょに戻っていきました。
 私と正夫は、手をとりあったまま、そこに残っていました。なんだか心配でたまりませんでした。
 いつのまにか、月の光がうすれて、東の空が白んできました。どこかで、小鳥の声がします。そして、空に赤い光がながれて、つめたい風がそよそよと吹いてきました。その時、桜の花がはらはらとちりはじめ、それと共に、たいへんよい匂《にお》いが、あたりにひろがってきました。
 注射がきいたのでしょうか。たしかにそうでした。花がちるといっしょに、なんともいえないよい匂いが、あたりいちめんにただよって、息をつくのも苦しいほどでした。けれど、どうしたことか、花はしきりにちってやみませんでした。よい匂《にお》いといっしょに、白い花びらが、ひらひらひらひら、しきりにまいおちて、雪のように地面につもりました。そのきれいさ美しさは、何ともたとえようがありませんでした。
 そして、朝日の光がさしてくる頃になると、その桜の木の
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