てきて、私にすがりつき、赤ん坊にすがりつきました。
「まあ、よかった。ここにいたのね……無事でいたのね……よかったわねえ……お母さんは、あなたがとんびにさらわれたと思って……さらわれたんだったら、どうしよう……まあ、よかったわね……」
むちゅうになって、赤ん坊をだきしめて、さめざめと泣いてるんです。
私はこまって、ぼんやり立っていました。
村人たちがあつまってきました。
「赤ん坊がさらわれたのではなくて、よかったよ。だが、あれは何だろう」
とんびはなにか赤いものを両足にひきつかんで、その両足をちぢめて腹にくっつけ、大きく羽をひろげて、羽ばたきひとつせず、ふうわりと宙にうかび、さもうれしそうになきながら、舞いとんでいます。日の光をいっぱいふくんだ青い空のまんなかに、その姿がつややかに光っています。
村人たちは赤ん坊のいる家の名をあげたりして、心配そうにながめていました。
「あ、そうだ」
柿《かき》のことがはっと頭にうかんで、私はかけだそうとしました。その私の肩を、誰かがとらえてゆすぶりました……。
正夫が私をゆすぶってるのでした。
「本をよんで下さらないから、僕うとうとしちゃったんです。すると、柿《かき》がなくなってるんです」
私もはっきり目をひらいて、見ると、梢《こずえ》の柿がいつのまにかなくなっていました。
私たちは、柿の木の下にかけていきました。けれど、いくら探しても、あのまっかな柿はその辺におちてはいませんでした。わずかな間に、小鳥がたべてしまったはずもありません。
とんびは……やはり一羽、空高く舞っていましたが、足には何にもつかんではいませんでした。ただいかにもうれしそうに、ピーヒョロヒョロと、ゆったり舞っていました。
四 山の小僧《こぞう》
山のなかは、冬になると、天気がわるいことが多く、そして雪がふりだすと、なかなかやまず、十四五センチもすぐにつもってしまいます。
そういう時、私は西洋室の方にうつって、だんろに薪《まき》をどしどしたきます。正夫も私のところで、夜おそくまで話しこんでゆくことがありました。
正夫は星の話をきくのがすきでした。私は知ってるだけのことを話してやりました。太陽系のこと、ことに金星のこと、それから水星や火星や木星や土星のこと、大熊星座《おおくませいざ》のなかの北斗七星《ほくとしちせい》のこと
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