ねなく酒が飲める相手は、三木だった。如何に親しい仲でも、極限に於てこれだけは見られたくないという用心感が、奥の方に残るものだが、そういう用心感さえ、三木に対しては私は少しも懐かなかった。
 私と彼女とのことについて、三木は終始一貫、聊かの好奇心もなく、聊かの詮索心もなく、私達と共にただ酒席を楽しんでくれた。楽しみながら、私達の心情を理解していてくれた。――後に、私は公然と彼女と別れることになったが、そのことを三木に告げると、三木はちらと眼を輝かしただけで、黙って諾いたものである。
 三木は酒が好きだった、というより、酔うのが好きだったようである。銀座の裏通りなどを酔って歩くと、彼はよりかかってきて私と腕を組み、歌をうたった。彼が知ってる歌はごく僅かだったが、その中で、愛馬行進曲を私はよく聞かされた。国を出てから幾月ぞ、というあの初めの一駒は、彼の詩的感懐に娼びるものがあったらしい。
 三木の眼は的確に現実を洞見し得たが、その夢想には詩的なものが根を張っていた。彼は詩が好きだった。学生時代には詩作もしている。最後までそうであった字体、一劃一劃右下りに鉄ペンで書いた字体で、ノートに多くの詩
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