胸から一片の紙を取出しました。紙には、「誓約を返上し、後事を委托す。」と認めてありました。范志清がかねて用意していたものとみえて、その死体の内隠しの中から見出されたものでした。阮東はその文字をじっと眺め、それから、火桶の火に紙をくべました。黒い煙が、そして次に白い煙が、ゆらゆらと立昇りました。――その誓約というのが、どういうことだか、誰も知りませんでした。ただ、後で范志清のことを語る阮東の言葉のはしから察すれば、死体を共にするというほどの普通のことらしく思われるのでした。
その翌日、阮東は突然、奇怪な行動をとりました。
范志清を狙撃した犯人はどうしても分りませんでしたが、それについて阮東は、民兵団全員に責任を問い、この責任は血を以て贖うべきであるとし、その血の犠牲者五名を選出せよと、断乎たる命令を出したのであります。
人々はどよめきました。いろいろと諌める者もありましたが、阮東は命令を取消しませんでした。
するうちに、血の犠牲者として、自ら進み出て来た五名がありました。常に范志清のそばで戦ってきた逞しい若者たちでありました。
彼等は阮東の前に直立して、決心の色を顔に浮べていま
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