のひびもはいっていない。」
「え、本当ですか、お父さん。それなら安心です。馬でも自動車でも存分に走らせることが出来ます。これから早速遠乗りに出かけましょう。お金はいただいていきます、有難うございました。」
 二英は金を掴んで、惘然としている元を残して、駆け出していきました。
 暫くして、三英が小鳥のような眼付をしてやって来ますと、元は卓子に両肱をついて掌で頭をかかえていました。元は急につっ立って、三英をじろりと見ましたが、くるりと向きなおり、窓から遠い空の方に視線をやりながら、いいました。
「私が家の血統のことをいろいろ思い悩んでいるのに、お前はなんということだ、寄りつきもしないで、侍女の美喜と手を取り合って泣いたりしているというではないか。ばかな。そういうことは断じて許さない。男というものは、淋しい気持に陥ると、ばかげた幻を描きだすものだ。然し、幻などは打消すだけの力を持たなくてはいけない。はっきりことわっておくが、お前に妹がいるというのは、あれは嘘だ。お前たちは男三人兄弟きりで、ほかに血縁の者はいない。」
「え、本当ですか、お父さん。それでは、美喜は僕の妹ではないのですね。十人もい
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