ゆきましょう。」と恒雄は答えた。
 富子が来た時、恒雄は孝太郎の顔をちらと見てこう云った。
「今日鎌倉に行かないか。」
「え? どうして。」
「ただ遊びに行くのさ。」
「私は……、」と富子は顔を上げて二人を見た。「あなた方二人で行っていらしったら。」
 三人の間に訳の分らない躊躇と不決断とが暫く続いた。
「私が留守居してあげましょう。」と孝太郎は云った。そして富子の方に向いて、「ねえ、行っていらっしゃい。」
「だって……。」と云いかけたまま富子は心持ち首を傾げた。
 そういう時富子の肉体は特に魅力を増した。彼女は頬から頸へかけて柔いふっくらとした肉がついている。それをけだるそうに左に傾げて、左手の指先で軽くそれを支えるようにするのは彼女のいつもの癖であった。その手指と頸の肉との接触にある感覚が漂っていた。
 それをじっと見ている恒雄の眼を見た時、孝太郎は一人苛ら苛らして来た。
「それに私は今日少し用がありますから。」と孝太郎は云った。
「それじゃ僕一人行って来ましょう。」と恒雄は眉をあげて云った。
 恒雄が仕度している間、孝太郎はまだ行こうか行くまいかと迷っていた。
 そしてぐずぐずし
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