だかひどく黙っています。僕は時々恐ろしくなるんです。……何かをひそかに計画でもしているようで。」
孝太郎はぎくりとした。然し彼は自分でそれを押し隠そうとでもするかのように云ってみた。
「富子さんには何だか二つの矛盾したものがあるようですが……。」
「そうかも知れません。その一つは僕が拵えあげたようなものです。」
こう云って恒雄は少し足を早めて歩き出した。孝太郎はその後から追っかけるようにして云った。
「あなたは真実富子さんを愛していますか。」
「偽りの愛というものがありますか。そして僕は妻に対する自分の愛着を見る時、云い知れぬ恐怖に駆られるんです」
二人は暫く黙然として歩き続けた。
「一体どうなるんでしょう。」と突然恒雄が云った。
「どうすればいいんです。」
「えっ!」
二人は一寸顔を見合った。それからすぐに対手の意味を失って視線をそらした。
「ビールでも飲みませんか。」
「そうですね。」と孝太郎は躊躇した。「一寸用が……。」
「それじゃ此処でお別れしましょう。」
二人は互の顔を見ないようにして右と左に別れた。
孝太郎は真直に歩いた。とある並木道に出て、葉の散りかかった樹の
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