うにして云った。
「あなたの心はこの頃静かではありませんか。」と孝太郎は一寸恒雄の方を見ながら、心にもないことを云った。
「静かと云えば静かですね、少くとも外面的には。」恒雄の眼はちらと光った。「然し何かが力強くじりじりと迫ってくるようです。」
「一体終局というものは一時にどさりと来るんでしょう。」
「然しそれまでの間が……。僕は人の行為にある一定の動機とか結果とかいうものを信じなくなりました。丁度濁った水の流るるようなものですね。そして運命などと云うものもそれを指していうんでしょう。」
「そうです。然し何かしら誰もみんな毎日些細なものを積んでいって、それが一緒に集って頭の上に重苦しいものを蔽い被せるようです。運命が……と思う頃には、もう後《あと》にも先にも恐ろしいものが見透しのつかないほど深く立ち籠めています。」
 孝太郎はいつしか自分自身のことを口にしていた。
 彼等は明るい電車通りを通ったり、狭い横町へ折れたりした。息が白く凍って流れた。
「この頃富子さんはどうかなすったのじゃありませんか。」
 恒雄は一寸足を止めて孝太郎の方を見た。それからまた眼を地面に落して歩き出した。
「何
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