たんではありませんか。」
「ええ。」と答えたが、恒雄はそれから急に両肩を聳かして黙り込んでしまった。
「何処かへ暫く転地でもなすったらお宜しいでしょう。」
恒雄は何とも答えないで孝太郎の顔を見た。孝太郎はその眼の中にある犯し難い反抗の色を見た。そして彼はただわけもなく苛ら苛らしてきた。
「あなたも余り……。」と云って孝太郎は口を噤んだ。
「何です?」
「いえ、」と云ったまま彼は、執拗だ! という言葉を口に出し得なかった。そしてじっと恒雄の乱れた頭髪を眺めた。恒雄はその心持ち円い眉をあげて火鉢の炭火に見入っていた。
孝太郎は苦しい沈黙のうちにふと、こういうことを思い出した。――いつかやはり三人でこうしている時、「何か遊びごとでもあるといいですね。」と孝太郎が云うと、「黙ってばかり被居るからでしょう。」と富子が応じた。その時恒雄は「お前の方が黙っているじゃないか。」と云った。その言葉が冷たく孝太郎の心を刺した。そして富子がすらと眉根を震わした。
「あなたもうお薬を召し上がって?」と富子が突然沈黙を破った。
「いやまだ。」と恒雄は答えて顔を上げた。そして彼は孝太郎の視線をさけるように室の
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