めていったのである。そして凡てを反撥せんとする冷酷と息を潜めたような内心とが其処にあった。
 彼は投げ出されたような自分を見出して、しきりに富子の上に貪るような眼を向けた。然し富子はいつも彼の前から逃げるように避けるのであった。
 けれどどうかすると彼等は恒雄と三人で暫く茶の間に一つ火鉢をかこむことがあった。そういう時はいつも恒雄は孝太郎の視線に自分の視線を合せないようにした。
「この頃は会社の方はお忙しいでしょう。」と孝太郎は何気なく彼に云った。
「ええ。それに何だかさっぱり面白くありません。」
「一体職業となるとそう面白いものはありませんでしょう。」
「そうですね。けれど……。」と云いかけて恒雄は、黙って眼を伏せている富子の方をちらと見た。
「この頃御病気の方は?」と孝太郎はまた尋ねてみた。
 恒雄は脳が悪いと云って、大分前から医者の薬をのんでいた。
「病気というほどのことはありませんけれど、何だか一向さっぱりしません。」
「どんなにお悪いんです。」
「そうですね、いつも頭がぼーっと熱でも出たように熱くなって、それに何だか物を考える力が無くなってくるようです。」
「余り脳を使いすぎ
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