ない模糊たる霧と懶い疲労とを覚えた。
その時富子が静に梯子段を上って来て黙って彼の前に立った。
「どうしたんです。」と彼は云った。
「あなたこそどうなすったんです、そんな顔をして。」
孝太郎はただ何とはなしに片手の掌《ひら》で額をなでた。それから椅子を下りて、富子と並んで足を投げ出した。そして何時までも黙っている富子を見て、妙に堅くなってしまった。
「あなたは近頃どうかなすったのではありませんか。」と富子が暫くして云った。
「どうしてです。」
「いえただ一寸そんな気がしたものですから。」
「あまり何やかやお考えにならない方がいいんです。考えるとだんだんむつかしくなるばかりですから。」
「むつかしいことなんか私は考えはしませんけれど……もう何だか苦しくなって来ました。」
「あなたは余り外のことばかり見て被居るからいけないんです。自分の心をお留守にしてはいけません。」
「それをあなたは私に……、」と云いかけて富子は孝太郎の眼の中を見入った。
「いいえあなたは御自分におし隱して被居ることがあるでしょう。あなたのうちにはもう、はじめにあなたが悩み悶えられたものが深く喰い入っています。あなた
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