を信じていた。其処から男と女と二人のほんとうの生活は初ってゆかなければならないと思っていた。そして彼は自分に対してそういう女が世界に一人は必ずあると信じていた。恒雄夫妻の間を見る彼の眼が、何処か一方に偏しているのは其処から出でた結果であった。そしてその唯一の女は固より富子ではなかった。
その上彼には富子の本体がよく分らなかった。いつぞや彼に「永久の友達」を願ったような彼女と、恒雄の憤怒の下の執拗な彼女とは、二つのものとして彼の眼に映じた。それからまた彼女の肉体を遠心的だと考え、彼女の心を求心的だとも考えた。彼がその時々に触れた富子の姿は、それ全体が一つの統体を為さなかった。
それなら彼は何故に富子の唇に引きつけられてきたのであろうか? それは単なる同情と慰安との行為であったであろうか? 男女の唇はさほど安価なるものであるだろうか? 其処まで考えてくる時、彼の心にはすぐに富子と恒雄との性交が眼の前に浮んだ。そして強い嫌悪と腹立たしさが彼の頭脳をめちゃくちゃにかき乱した。
孝太郎は彼の所謂サロンの寝椅子にねそべって、また同じことを幾度もぐるぐると考え直してみた。そして終りには訳の分ら
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