感も軽侮も持ってはいなかった。彼は恒雄を自分と親しい所に置いて見た。そして……恒雄と富子と床を並べた姿を思い浮べて凝然とした。――恒雄と富子とは夫婦である。悩みながらも彼等は永久に夫婦の生活を破りすてることが出来ないであろう。
孝太郎は心が苦しくなって来た。彼は眼を閉じて凡ての想像を閉じてしまいたくなった。重苦しい動かす可からざるものに突然ぶつかったような気がしたのである。
彼は大きく眼を見開いて何かを睥みつめるようにした。それから急に顔、そして眼を蒲団に押しあてた。胸づまるような涙が眼に溢れてきた。
孝太郎はなるべく恒雄と富子との前を避けるようにした。彼等の前に落ち付いてじっと見つめている眼を置くのが、何となく自分自身にもすまないように思えたのである。
それでも恒雄は彼に他愛ない様子を見せようとしているらしかった。然しわざと装った平気が却って往々彼を狼狽させることが多かった。そしてそれが二人の間にある距てを置くように見えた。
「気持ちのいい晩ですね。」とある爽かな夜、彼は孝太郎に云った。
「ええ、」孝太郎は彼の顔を見上げた。
「こんな晩はぶらぶらと当もなく歩き廻るといいです
前へ
次へ
全44ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング