心は急に堅くなり、妻の顔には執拗な反撥が浮ぶんです。そして互に相挑むような気分を反射し合って、それが必要の勢で昂じてきます。どうにも仕方はないんです。……実際妻には僕の胸を刺すように冷たい刺《とげ》があるんです。」
「あなたにも富子さんに取っては冷たい刺《とげ》があるんでしょう。」
「そうかも知れません。然し要するに如何とも仕方がないんです。」
「けれどあんな乱暴なことをなさらなくても……。」
「それは妻の方からも挑むんです。妻の眼の中にはそれがありありと読まれます。まあ何という高慢な女でしょう。」
「それならあなた自身も高慢だと云えるでしょう。」
「高慢でもかまいません。僕が高慢だから妻の高慢が許されるという理由はないんです。」
「それであなたは富子さんを愛するというんですか。」
「愛するから苛ら立つんです。」
恒雄は真直に立ち直って、どす黒い水面を睥むようにした。
孝太郎は何かに突然打たれたような気がした。恒雄と富子との間の愛を願ったことが訳もなく腹立たしくなった。そして反抗の気がむらむらと湧き立った。
「あなたは余りに富子さんの性格をふみ蹂っていらるる!」
「だから何です?」
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