とはうるさくて。」
 それから二人は暫く種々な世間話をした。けれど孝太郎はそうしているのが次第に不安になって来た。恒雄が何かを押し隠すような風にしているのが気にかかったのである。それで直接にこう尋ねてみた。
「何だか今日は少し苛ら苛らしていらるるようじゃありませんか。」
「ええそうかも知れません。」と恒雄は平気で答えた。
「何か御心配のことでも?」
「やはりいつもの問題なんです。僕は常にそればかり考えさせられるようになったんです。そして次第に悲しい結論に達してきます。」
「結論だと仰言ると?」
「さあ何と云ったらいいですかね。……まあ一口に云えば僕は到底富子と根本から相容れないということです。」
「それは無理にそういう風に考えようとなさるからではないでしょうか。実際あなたは余りに富子さんの過去に拘泥しすぎていらるるようです。」
「いやそうでもないんです。と云うのは、僕は今迄と別な方面から考えたんですがね。実際僕は今迄ただ妻をじっと見ていたきりで、自分の方はお留守にしていたんですね。それも妻というものに余り期待を大きく持ちすぎていたからでしょう。僕の理想は現実から美事に裏切られてしまった
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