葉の真の意味は、富子の眼差しに征服されてしまっていた。孝太郎ももうそれを意識してはいなかった。
彼等のうちには一瞬間凡ての忘却があった。そしてその周囲に淡い日の光りがあった。
恒雄はいつも午後の五時頃に社から帰って来た。でも時によると三時頃に帰って来ることがあった。そういう時は大抵孝太郎の所謂サロンで彼と何かの話をしながら、夕食までの時間を過すのが常であった。或る日もやはり彼は早く帰って二階に上って来た。
その時孝太郎は寝椅子の上に横になって空を見ていた。恒雄はすぐに其処にあった坐蒲団の上に大儀そうに坐った。それは先刻まで富子がしいていたものであった。
「職業の方はどうです。」と恒雄はきいた。
「さっぱりまだ手掛りがありません。」
孝太郎はこう答えながら自分の身をかえりみた。彼は学校を卒業してある職業を探しながら閑散な日を送るようになってから、種々の都合上恒雄の家に起臥するようになったのである。それからもう半歳余りの日が過ぎた。彼はただ閑散なるままに懶惰な生活をして時を過した。
「君のように何時も呑気だといいですね。」
「そう呑気だというんでもありませんけれど、何だか世間のこ
前へ
次へ
全44ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング