をやさしい慰安の眼でじっと見守った。そして二人の間にはしみじみとした温情が流れていた。それがいつのまにか、彼の心には暗い影がさし、女の心にはフェータルな影がさしてきた。二人の間に交わされたものは止むすべもない数度の唇と腕との抱擁にすぎないけれど、それが二人の間の気分を全く初めと異る色に染めなしてしまった。
「私もうあなたなしには生きてゆけない。」と富子は思いつめたように囁いた。
「私達はお互に悔いの無いような途を進まなくてはなりません。あなたはふっと嫌な影が心にさすことはありませんか。」
「いえ、どうしてでしょう? 私あなたにお目にかからなかったら今頃はどうなっていたことでしょう。」
「私も多少でもあなたのお力になったのならどんなにか嬉しいんです。」
「いつまでも私のお友達になって下さるんでしょうね。」
「ええあなたさえそうでしたら。」
「私あなた一人がお頼りですもの。」
「私は何だか自分に力が無くなってゆくような気がします。何だかこう自分の足下が不確かなような……。」
「私ももう……。」そう云って突然富子は孝太郎の肩を捉えた。
二人はじっと互の眼に見入った。その時、孝太郎の云った言
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