。」
「私はもう何にも云うまい、自分一人で自分の苦しみを堪えてゆこうと幾度思ったことでしょう。それでもやはり何かに頼りたかったのでした。あなたの前に何だか黙っては居れなかったのですもの。……ほんとに私はどうすればよかったのでしょう。」
「過去のことはもう何にも云いますまい、ね。ただ未来を見つめて生きましょう。それの方がいいのです。」
「未来ですって?」
「ええ、」と答えたが孝太郎は急に何かに引き戻されたような気がした。「余り考えるといけません。」
「偽りを仰言っちゃいやです。私は苦しいんですから、そして迷ってしまいますから。偽りが一番今の私にはつらいのです。」
「もうそんなことを云うのは止しましょう。」と孝太郎は云った。「私達の間に何の虚偽があったでしょう? 種々な言葉を玩《もてあそ》ぶより黙っていましょう。ねえ、黙っている方が心が静まるでしょうから。」
「ええ、」と富子は低く答えた。
「ただあなたは自分のお心を静に保っていらるればそれでいいのです。何にも考えないで心を静にしておいでなさい。そのうちには恒雄さんだって……。」
「恒雄!」と富子は思わず叫んだ。そして身を堅くしてきっと孝太
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