めていったのである。そして凡てを反撥せんとする冷酷と息を潜めたような内心とが其処にあった。
彼は投げ出されたような自分を見出して、しきりに富子の上に貪るような眼を向けた。然し富子はいつも彼の前から逃げるように避けるのであった。
けれどどうかすると彼等は恒雄と三人で暫く茶の間に一つ火鉢をかこむことがあった。そういう時はいつも恒雄は孝太郎の視線に自分の視線を合せないようにした。
「この頃は会社の方はお忙しいでしょう。」と孝太郎は何気なく彼に云った。
「ええ。それに何だかさっぱり面白くありません。」
「一体職業となるとそう面白いものはありませんでしょう。」
「そうですね。けれど……。」と云いかけて恒雄は、黙って眼を伏せている富子の方をちらと見た。
「この頃御病気の方は?」と孝太郎はまた尋ねてみた。
恒雄は脳が悪いと云って、大分前から医者の薬をのんでいた。
「病気というほどのことはありませんけれど、何だか一向さっぱりしません。」
「どんなにお悪いんです。」
「そうですね、いつも頭がぼーっと熱でも出たように熱くなって、それに何だか物を考える力が無くなってくるようです。」
「余り脳を使いすぎたんではありませんか。」
「ええ。」と答えたが、恒雄はそれから急に両肩を聳かして黙り込んでしまった。
「何処かへ暫く転地でもなすったらお宜しいでしょう。」
恒雄は何とも答えないで孝太郎の顔を見た。孝太郎はその眼の中にある犯し難い反抗の色を見た。そして彼はただわけもなく苛ら苛らしてきた。
「あなたも余り……。」と云って孝太郎は口を噤んだ。
「何です?」
「いえ、」と云ったまま彼は、執拗だ! という言葉を口に出し得なかった。そしてじっと恒雄の乱れた頭髪を眺めた。恒雄はその心持ち円い眉をあげて火鉢の炭火に見入っていた。
孝太郎は苦しい沈黙のうちにふと、こういうことを思い出した。――いつかやはり三人でこうしている時、「何か遊びごとでもあるといいですね。」と孝太郎が云うと、「黙ってばかり被居るからでしょう。」と富子が応じた。その時恒雄は「お前の方が黙っているじゃないか。」と云った。その言葉が冷たく孝太郎の心を刺した。そして富子がすらと眉根を震わした。
「あなたもうお薬を召し上がって?」と富子が突然沈黙を破った。
「いやまだ。」と恒雄は答えて顔を上げた。そして彼は孝太郎の視線をさけるように室の
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